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草の根文化の苗床

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5  ナウトピアン紹介 その1 パラレルワールドとしてナウトピアへの入り口 モナ・カロンの壁画

 サンフランシスコのナウトピアは、パラレルワールドとなって潜伏しながら街にあまねく広がっているが、ところどころ誰の目にも可視化されている焦点のような場所がある。その代表というえるのが、街のさまざまな場所にちりばめられたモナ・カロンの壁画である。モナ・カロンはスイス生まれ。サンフランシスコの美術大学Academy of Arts でグラフィックデザインを学んでから、そのままここに住み着いてしまった。アメリカ西海岸で壁画 muralといえば、エスニックマイノリティのエンパワメント志向のもの、あるいは、グラフィティ志向のもの(実際にはコミッションを受けていても)がほとんど。その中で彼女の壁画は、いかにもヨーロッパ出身の装飾的でエレガントで細密画風の丁寧なタッチや、特定のエスニシティやマイノリティ・グループへ向けて描かれていないオープンな性質で、際立っている。強いていえば、ナウトピアンに向けられているとでも言おうか・・・。テーマは一貫していて、この街を別の視点から眺めること。たとえば、雑草と見なされ、普段、気にもとめずに踏みつけられたり、芝刈り機で刈り取られている土着植物の花を、うーんとクローズアップして、実はとても優美なことを示す壁画を彼女は描く。
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The Botanical Mural at the Corner of Church St and 22d St. - San Francisco

 サンフランシスコが昔は水の街で、いまは車でごみごみした多くの道路が走っていたところにかつてクリークが流れていたことを示しながら、それを復活させた未来の姿を描いたものもある。主要公共交通はゴンドラになり、水辺には生態系が復活して、さまざまな生き物が棲んでいる。
 そんな風に全然違う視点や、違う時間から眺められているのに、あくまで壁画が存在するその場所がテーマになってる。このオーバーラップの面白さが彼女の壁画の醍醐味で、散在する彼女の壁画に注目しながら歩いていると、街が多くのレイヤーからなる多次元体に見えてくる。
 彼女もこのことには自覚的らしく、最近は、街の現実の風景を、そのまま延長しながら、かくあれかしと彼女が願うヴィジョンにハイパーリアルなタッチで変形する、騙し絵風の絵も描くようになった。たとえば、アスファルトの道路の一部がクリークになり、そこに橋が架けられている。灰色の歩道にカラフルな小石がちりばめられ、植物がいたるところに植えられ、チェーン店のスーパーマーケットは農家直販のファーマーズマーケットになっているといった具合。しかしそんなポジティブな未来のヴィジョンが、本当に自然に、寸分の隙もなくリアルとつながっているので、遠くから見ると彼女の描く街の姿の方を現実と取り違えてしまう。近づくにつれてやっと絵だとわかったときには、一瞬美しい夢をみたかのような心地がする。後には、一瞬垣間見えたこのヴィジョンへの甘酸っぱい、焼けつくようなあこがれが残る。
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Manifestation Station at the intersection of Church St. and Duboce Ave. in San Francisco

 夢? いや、私たちの決意次第で実現する現実なのだと決然たる足どりで過ぎ去る人もいるだろう。ナウトピアンかその予備軍である。 
普段雑草と見なされている土着の草花をクローズアップして美しく描くように、彼女の描くパラレルワールドの主体は、どこにでもいる人たちの持つ驚くべきパワーである。 マーケット・ストリートの市街電車をテーマに壁画を描くようコミッションを受けたときには、それを口実に、ストリートがこれまでどのように人々の力を表すメディアになってきたかを描こうとして、このストリートを舞台にしてこれまで行われてきたさまざまなデもの歴史をたどる絵を描いた。1932年の港湾労働者のストライキや、労働者の日のパレード、1980年にはじまったゲイ・プライドのパレード、2003年のイラク反戦運動が、絵巻物のように時系列にあわせて、左から右に向かって描かれている。彼女によると、それによって、これまで人々がどれだけのことを成し遂げてきたか、
実績をしめしたかったという。実際、イラク戦争はとめられなかったものの、労働者もゲイも、その地位を向上させてきた。その実績をふまえることで、今の私たちも、飛躍的な未来を実現できるはず。そうした意図をこめて、一番右端のセッションは未来のヴィジョンにあてられている。彼女の未来のヴィジョンの中では、バイオディーゼルのバスは走っているが、交通ははるかに多様化して、本数が増えた市街電車に、自転車、象や馬やらくだに乗っている人もいる。ビルの屋上や窓など、いたるところから緑が顔をのぞかせ、 屋上を橋がつないだビルの間を、人々が行き来しながら、屋上ガーデンを散歩してまわっている。全体的に外に出ている人がたくさんいて、絵を描いたり、ダンスをしたり、花の世話をしたりと思い思いのことをしている。

反権力的で草の根的なものを支持する姿勢は、あらゆる作品に一貫していて、街の一角をかなりリアリスティックに描写していても、広告や店の看板や当局のポスターにはカルチャー・ジャミングの方法を使って、アイロニカルにあてこすったり、彼女のコメントを加えている。たとえばブランドショップの広告の代わりに、「自分がブランドだ」Self Brandという言葉を入れるなどなど。しかし落書きは、その社会批判的な自発性や勇気に敬意を表して、そのまま写す。そのせいか、彼女の壁画はめずらしく、上に落書きされることはほとんどないという
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Market St. Railway Mural - Location: 300 Church St, near 15th St. - San Francisco

 テンダロインというサンフランシスコでも最も柄が悪くて犯罪率が高いとされる地域で壁画を描いたときには、彼女はこれらの目立たぬ人々や、忘れられた歴史への関心を組み合わせ、街のイメージを一変させるこころみをした。実際に壁画が置かれた街の一角をそのままテーマに描くところはいつもの通りだが、路上で出会ったそこの住人たちに、この地域の物語について、しかもとくにその人にとって重要な話を語ってもらい、壁画の中に描きこんでいくという方法をとった。話をしてくれた人には、お礼に、彼らの姿をこの壁画の中に描く。噂を聞きつけて、本当にたくさんの人が、話をしては自分の姿を絵の中に描いてもらいにやってきた。つまり、この壁画の中にいる人は、すべて名前と、物語をもつ実在の人で、完成したときには250人にのぼっていた。街の未来については、近所の子供たちに、自分が将来なりたいものを象徴する種型のオブジェをセラミックでつくってもらい、それを壁画の中の地面を描いた部分に埋めこんで、そこから植物が根を生やし、それぞれの子供が一番好きな花となって咲く様子を、モナが絵に描いていった。
 テンダロインのこの壁画は本当にここに住む人たちに愛されているようで、モナ自身に壁画を説明してもらっている時にも、通りがかりの人たち(ほとんどアフリカ系アメリカ人)が、彼女を見つけて駆けつけ、ここに自分がいるんだと指差したり、壁画の前でゴスペルを歌いだしたり、踊りを披露してくれた。
 おそろしくスローな制作ぶりで知られる彼女は、出来上がる作品そのものよりも、その過程を重視している。 壁画の中に、その壁画を製作中の彼女自身の姿を、画中画としてよく埋めこむのも、一つはそのせいだろう。
作品ができた後も、壁画そのもののアーティスティックな評価より、彼女はその作品がその地域住民と、どんな関係を持つかに何より興味がある。
 彼女の壁画そのものを見る限り、装飾的なイラストといったところで、アーティスティックには別に見るべきものはない。 住民をどんどん参加させていくところも、コミュニティアートの常套手段にすぎない。 彼女自身も、それを認めている。「多くの人たちが、アートというだけで、心の傷があったり、コンプレックスを持っていたりする、そんな現代アートの状況に加担して、難解な作品はこれ以上、つくりたくないの。それより、みんなと一緒につくっていけて、みんなと一緒に育っていける絵を描き続けたいわ。ポピュリスト過ぎるかもしれないけれど」と、自分の姿勢をコメントしてくれた。
とはいえ、サンフランシスコのナウトピア建設の中で果たす役割という観点から見ると、彼女の壁画ははかりしれない力を持っている。住人視線の草の根の歴史と、未来の夢をとりまとめ、ナウトピア建設のための設計図、青写真として、誰しも、毎日のように目にすることができるパブリックスペースに置くのだから。一種のメディアとしては、大変優れているのではないかと思う。実際、モナの壁画は、街の歴史や未来のヴィジョンについて書かれた本の表紙絵になったり、社会運動のポスターに使われたりすることがよくある。ナウトピアンの共有ボキャブラリー、合言葉的な地位を果たすまでにいたっている証拠である。
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Window into The Tenderloin- Location Jones Street and Golden Gate Avenue, San Francisco
壁画作成協力者たちと。左寄り中央で腕を組んでいるのがモナ・カロン
by makikohorita | 2013-08-10 17:31 | ナウトピア 第二部 
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人を、社会を動かす文化発信力を鍛えるには? スピリチュアリティ、アート、アクティビズムなどについて、調査、実践してわかったこと、日々思うこと。


by 堀田 真紀子
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