「いい加減さ」と超感覚的知覚

ただ恋の場合は、その人の感覚的な存在に執着するという反動が普通くる。おかげで、超感覚的な世界の自由を味わえたのもつかの間。「あの人は、今、どうしているかしら」「私の望む通りのあの人でいてくれるかしら」と、不安に駆られるようになると、相手もろとも、自分を窮屈な監獄に閉じ込めることになってしまう。
その罠に落ちずに、相手への所有欲、執着、一切持たず、愛の力で感覚の扉が一瞬開いたところに止まって、世界が一変して、どんどん新たに蘇っていく様子だけを楽しめるようになったら、大したもの。恋愛の極意を知りつくしてると言えるかな。
そこまで成熟していなくても、たまたま好きになった人が、感覚的に執着しようとしてもできない状況にある場合も、知覚の変容だけ楽しめる境地にまで身を高めるためのいいレッスンになる。ヨーロッパ中世の騎士道では、このレッスンのために、最初から、かなわぬ相手に恋心を捧げる風習さえあったという。
私自身も、アーティストのパートナーが、仕事を進めるためにどうしても必要だと言って、仲直りした元奥さんと一緒に仕事をしだすどころか一緒に暮らし始めるなんてハードルをかけられたこともある。普通だったら、関係、それでおしまいになるんだろうな。ただ、私の場合、これを超えたところに何が見えるんだろうという好奇心の方が先立って、相手を完全に手放しながらぶれずに愛し続ける練習の好機と受け止めた。
もちろん紆余曲折あって、スムーズに進んだとは到底言えないけれど、このトンネルをくぐった後、まず気づいたのは、もともといい加減な性格に輪がかかったこと。神経質の正反対で、細かいこと、どうでもいいことが、全く気にならなくなってきた。それどころか、目にも入らなくなってきた。
たとえば、誰かにどんなにイライラさせられても、そのあと、何かのきっかけで、幸福感が上がると、後でその人に「ごめんね」と言われても、「あら、そんなこと、もうどうだっていいの」と口にすることがある。幸福感の方から、その前にあったストレスフルな出来事を振り向いてみると、それはもう溶解して跡形もなく、何でそんなに気になったかも、今はもう忘れてる。その「どうだっていい」感じが常態になっていくのである。だって、一番好きな人さえ、手放せたのだもの。手放せないものは、もうないでしょう。後は、なるがままにまかせ、そこで起こる一切合切が良きことであることを信頼するだけ。私は子育て経験をすることはできなかったけれど、子供を育てて、世に送り出す親たちもみんな、このプロセスをくぐっているんだろうな。
誰かを完全に手放しながら、ぶれずに愛し続けていると、その人にまつわる細かいことが、どんどん、「どうだっていいこと」になり、気にならなくなるし、見えなくなっていく。姿形、行動、輪郭が消えていって、魂の輝きだけがじかに透けて見るという感じかな。と同時に、逆越的なようだけど、一体感をとても強く感じるようになってきた。それが、なんとも言えない安心感を呼ぶ。
その様子は、どことなく、メルヘンの登場人物に似ている。目鼻がちょんちょんと描いてあるだけの素朴な子供の描いた絵のような姿をしてる。懐かしい、いつも心の中に住んでる人のように感じられてくる。
メルヘンには、固有名詞は出てこない。歴史記述のように、「何年、どこの国に、何という名前の人がいました・・・」と言わずに、「昔、昔、あるところに、ある・・・・」と始まる。これも、細かいところは、「どうだっていい」のである。そこに登場するものは、固有名詞どころか、定冠詞“the”もつけられていない、ひたすら不定冠詞“a”を付せられた、どこにでもあるもの。だからこそ、それは、聞いてる「私たち」自身の話になる。
『奇跡のコース』のレッスンを進めるにつれ、人や物に「特別さ」スペシャルネスを見て、それに愛憎を傾ける関係(「特別の関係」と呼ばれる)をすべて手放すようにと言われるようになる。姿かたち、肩書き、所属、特性など、形のある「スペシャル」なものはとかく執着の対象になりやすい。「こうであってほしい」という私の望みや不安の投影からできているので、相手に負担をかけ、その本質を攻撃することにもつながる。また本当の意味で、相手を見ていない、つながっていない。たとえていえば、額縁のみを見て、中身の絵を見ないようなもの・・・ということにもなるから。
ちょっと難解な箇所だけれど、要するに、人やものから固有名詞と定冠詞theを剥ぎ取り、メルヘンの中に出てくるように出逢えばいいわけね・・・と考えると、腑に落ちた。
芸術学をかじったことのある私には、印象派から、抽象表現主義が始まっていく経緯のことも思い起こされた。偉い人、神話の、あるいは歴史上の有名な場面といった何か「特別な」ものを写実的に描くことを良しとされたフランス・アカデミーの風潮。これに反発した人たちが、逆にどこにでもある、どこにでもいる人たちとか、スナップショット風の何気ない光景を描き出して、「テーマがない!」となじられ、落選。そんな落選作品を集めた展覧会が母体になって、印象派が生まれたこと。その中でも先鋭的な人たちは、「特別な」ものへのこだわり、権威付け、執着こそ、ものを「決めつけ」、知覚を固定させ、「このようにしか見えない」不動の輪郭の下に閉じ込めてた要因だったことに気づいて行ったこと。「特別なもの」を負うことをやめた目は、ものの輪郭を超えて、光の横溢を捉え始め、そうして描かれたモネの積み藁の絵が、カンディンスキーにインスピレーションを与え、抽象表現主義が始まった。そういえば、初期カンディンスキーは、よくメルヘンの一場面と思わせる絵を描いてたっけ・・・
「昔、昔、あるところに・・・」と始まるメルヘンの物語は、特定の時と場所に縛りつけられることをまぬがれた分、浮遊して漂い始め、私たちの心の奥へすっと、摩擦もなく溶けこんでいく。そして胸が痛むほどの懐かしさと、何か驚異的なことが今にも起きそうな、ワクワク、ドキドキした気分で私たちを満たす。メルヘン特有のこの不思議な雰囲気、香気はどこからくるんだろう? そこに出てくる人や物や動物たちが、私自身でもありながら、同時に意識できる私にとっては未知の底知れぬ深みから来ているところから来るんだろうか? まだ特定の時空、特定の名前に縛り付けられる以前、みんな一体になって、極彩色に輝く生命の海に広がっている、そんな深みから・・・
すべての人を愛しながら、同時に、手放せるようになった時、みんな多かれ少なかれ、そんな不思議な一体感とともに出会えるようになってくるのかもしれない。
そんな私にとって、超感覚的な知覚は、生活の中で、身近に生きられるものだ。とてもとても愛しているから、幸福だから、それまで依存していたもの、執着していたものが、「どうでもよかった」ものだってわかり、一つ一つ喜んで手放していく。そのたびに身軽に、自由になって、それまで気になっていたことが気にならなくなる。と同時に、その「形」、というか、「思い込み」、一面的で固定的な解釈(奇跡のコースによると感覚によるすべての知覚はこの咎をまぬがれない。だから超感覚的知覚が求められる)の影に押し込められてきた生命の輝きが見えてくる。それだけのことだ。
by makikohorita
| 2016-09-13 14:20
| 奇跡のコース